「社縁」は、企業や職場における人間関係やつながりを指します。
これには同僚、上司、部下との関係だけでなく、取引先や業界のネットワークとの関係も含まれます。
日本では伝統的な地縁や血縁が徐々に廃れて、今や社縁が日本の代表的な共同体となっています。
この記事では、その理由をグローバルな視点とローカルな視点から考察します。
退職後に地縁を再評価して自治会長になった筆者が、日本では血縁や地縁が廃れて社縁が主流になった3つの理由について解説します。
<自己紹介>
筆者本人(1960年生)
筋トレ歴17年 ボクシング歴11年
<筆者略歴>
1984年 東京大学工学部建築学科卒業後、ゼネコンに入社
1988年 インフラ企業に転職
2018年 子会社の不動産会社に転籍
2023年 退職
目次
日本では血縁や地縁が廃れて社縁が主流になった3つの理由とは?
日本では地縁や血縁が廃れて社縁が主流になった3つの理由とは、以下です。
①グローバル資本主義経済による個人の自立&孤立化
②世界でも突出して伝統的価値を軽んじる日本人の国民性
③会社を共同体に変える日本固有の雇用システム
以下、順に解説します。
①グローバル資本主義経済による個人の自立&孤立化
グローバル資本主義経済※1によって、お金さえあればヒトは一人で生きていけるようになりました。
※1 グローバル資本主義経済は、資本主義の原則(自由市場、競争、私有財産など)が世界的な規模で適用される経済体系です。このシステムでは、国境を越えて資本、労働、製品、サービスが自由に移動し、国際的な貿易と投資が活発に行われます。
例えば、グローバル資本主義経済の象徴的な存在であるアマゾンのおかげで、お金さえあれば家に居ながらにして、世界中の商品を手に入れることができます。
今や資本主義に完全に「包摂」※2されてしまった現代人が生きていくのに必要なものは、相互扶助(助け合い)ではなく、商品と交換できる貨幣です。
※2 カール・マルクスが説く「包摂」とは、労働者が資本家の経済システムの一部となり、そのシステムによって支配されることを意味します。具体的には、労働者は資本家から賃金を受け取り、その賃金を使って生活費をまかない、さらに商品を購入するというサイクルに巻き込まれます。このサイクルは、労働者が資本家の利益に寄与する一方で、自分自身の経済的自立を難しくするという矛盾を生み出します。マルクスは、この「包摂」の概念を通じて、資本主義経済の内部にある矛盾と、それが労働者階級の解放を妨げる要因となることを指摘しました。
そして、貨幣(賃金)を得るために必要な縁が社縁なのです。
要するに、貨幣(賃金)を得るために結んだ社縁さえあれば、相互扶助(助け合い)が得られる地縁・血縁は必要ないというわけです。※3
※3 しかし、社縁によって貨幣を得た現代人は自立できましたが、また同時に孤立しました。便利さがヒトを孤立に追い込むのです。内田樹著『コモンの再生』から言葉を借りれば、「市民の原子化・砂粒化」です。こういった状況は同時に、個人が支配されやすくなった、すなわち国民は国から管理されやすくなったことを意味します。
ネオリベラリズムの台頭がグローバル資本主義経済を加速
ネオリベラリズム(新自由主義)とは、20世紀後半から台頭してきたイデオロギーで、以下の特徴があります。
・自由市場経済の推進
・規制緩和
・公共サービスの民営化
・財政均衡と緊縮政策による社会保障制度や公共サービスの縮小
・グローバル経済の推進
端的に言えば、「完全な自由競争と自己責任」の名のもとに、格差社会を拡大させる思想です。
これは、庶民には大変冷たく思いやりのない思想なのです。
しかし、「原子化・砂粒化」してバラバラになってしまった庶民には、結束してこれに反抗する力はもはやありません。
金持ちが更に金持ちになる政策を矢継ぎ早に実施した安倍政権が長く続いたのが、その証拠です。
以下2つは、日本に特化したローカルな理由です。
②世界でも突出して伝統的価値を軽んじる日本人の国民性
世界価値観調査※4のデータに基づいて作成されたのが、下図(イングルハート*1の価値マップ)をご覧ください。
※4 世界価値観調査(World Survey)とは、世界各国の人々の価値観や信念、態度を調査する国際的なプロジェクトで、1981年に開始されました。
(注)IVAN IZQUIERDO ELLIOTの画像を基に筆者が作成
縦軸は、下に行くほど「伝統的価値」を重んじる度合いが高く、上に行くほど「世俗的・合理的価値」を重んじる度合いが高くなります。
「伝統的価値」とは、家族の絆、敬老の精神、礼儀と礼節、 地元やコミュニティへの貢献と連帯感、宗教・信仰など社会の安定と人々のアイデンティティに深く関わるものです。
また、「世俗的・合理的価値」とは、日常生活や現実世界での物質的、実利的な価値観です。
具体的には、財産、地位、名誉、快楽など、現世での成功や幸福を追求する価値観で、簡単に言えば「損得勘定」を重んじる価値観です。
もう一度、上の価値マップをご覧ください。
この価値マップが明らかにしたことは、『日本人は、世界でも突出して伝統的価値を軽んじる国民である』、裏返して言うと、『日本人は、世界でも突出して世俗的・合理価値(損得勘定)を重んじる国民である』ということです。
そんな日本人が、伝統的な「縁」である地縁と血縁を捨て去り、財産や地位を築くために社縁に傾倒するのは無理もありません。
なお、日本人のこの傾向は一時的なものではありません。
次に、下の図をご覧ください。
この図は、調査を開始した1981年以降のマップにおける位置の変遷です。
(注)図録▽イングルハート価値空間における日本人の位置変化の画像を基に筆者が作成
日本は、1981年から2023年の間に、世界でも突出して伝統的価値を軽んずる位置をほぼキープしたまま右に移動しています(図の「日本1」⇒「日本7」)。
このように日本人は、少なくとも43年の間、世界でも突出して伝統的価値を軽んずる国民性は変わっていません。
参考:世界価値観調査から分かる日本人の本性とは?世界でも際立って世俗的?
③会社を共同体に変える日本固有の雇用システム
ほとんどの日本企業は、日本固有の雇用システムであるメンバーシップ型雇用を採用しています。
メンバーシップ型雇用とは、新卒一括採用・終身雇用・年功序列を主な特徴とする雇用システムで、定年までの安心と引き換えに会社への忠誠と滅私奉公を約束させる社員奴隷化システム※5です。
※5 この社員奴隷化システムは、長期安定的な労働力の確保が最大の経営課題であった高度経済成長期に広がりました。この時代は、人口増加に伴う内需で、モノをつくれば簡単に売れる少品種大量生産の時代です。この雇用システムは、今の時代に全く合わなくなりましたが、すごろく上がりのサラリーマン社長では抜本的な改革が不可能なようです。
この雇用システムでは、「一生涯、一社主義」が基本であるため、社員は固定化しています。
また、人事部がリスクを恐れて同じような人材を採用するため、社員は同質化しています。
これらが原因となり、企業は本来の姿である「機能体」とは正反対の「共同体」になってしまうのです(下図参照)。
引用:堺屋太一著「組織の盛衰」
居心地追求組織と化した会社で、毎日のように一緒に過ごしていれば、地縁や血縁より社縁が大切になるのは当然です。
まとめ
✔日本では血縁や地縁が廃れて社縁が主流になった3つの理由です。
①グローバル資本主義経済による個人の自立&孤立化
②世界でも突出して伝統的価値を軽んじる日本人の国民性
③会社を共同体に変える日本固有の雇用システム
社会的動物であるヒトは、何かしら共同体に属していないと生きてはいけません。
グローバル資本主義経済によって「原子化・砂粒化」した「損得勘定」で生きる日本人にとって、定年まで勤める会社は確かに都合のいい共同体です。
しかし、この都合のいい社縁も定年が来れば縁が切れてしまいます。
人生100年時代と言われる今、その先をどう生きるか、考えておく必要がありそうです。
参考:地縁や血縁を敬遠して社縁にすがるサラリーマンの末路とは?
*1:ロナルド・イングルハート(Ronald F. Inglehart)は、アメリカの政治学者。ミシガン大学教授。ポスト物質主義社会の研究や、世界価値観調査に基づく政治意識の研究で知られる。