
たとえば、「彼の言動は人間性に問題がある」や「彼の人間性はチーム全体に安心感を与えている」といった表現のように、日本社会では「人間性」という概念が一種の行動規範として機能しています。
一方、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教などの各文化圏は、神との約束(契約)が行動規範の中心にあります。
また、儒教では、「天命」に従うこと、すなわち宇宙的な秩序との調和が行動規範の中心であり、日本以外の仏教では、戒律を厳格に守ることが修行や行動規範の中心です。※1
※1 日本仏教では、戒律は比較的おおらかで、宗派によっては重視されないこともあります。明治時代以降、肉食や妻帯が許されるようになったことで、戒律の実践は大きく変化しました。僧侶の肉食や妻帯が公然と認められているのは、世界的に見てもかなり珍しいことです。
どうやら、「人間性」を行動規範とすることは、世界的に見ると実質的に無宗教の国である日本に特有の現象のようです。
では、「人間性」とは具体的にどのような意味を持つのでしょうか?
『広辞苑』によると「人間性」の主な意味は、「人間の本性、人間としての生まれつきの性格」ですが、これでは具体性に欠けます。
こうして見ると、日本人が日常的に使う「人間性」という言葉の意味は、意外にもはっきりと定義されていないことが分かります。
この記事では、日本人が好きな行動規範「人間性」の具体的な意味を探ります。
②日本人が好きな行動規範「人間性」とは具体的にどういう意味なのか?
<自己紹介>

筆者本人(1960年生)
出世競争は早めに降りて体づくりに励む
筋トレ歴18年 ボクシング歴12年
<筆者略歴>
1984年 東京大学工学部建築学科卒業後、ゼネコンに入社
1988年 インフラ企業に転職
2018年 子会社の不動産会社に転籍
2923年 退職
目次
そもそも日本人がホモサピエンスを「人」ではなく「人間」と呼ぶのはなぜか?
仏教でも六道輪廻の中で「人間界」として使われていて、これは「人が住む世界」という位置づけです。
以上のことから、日本人がホモサピエンスを「人」ではなく「人間」と呼ぶ理由は、次のように考えられます。
・日本人は、「個」としてではなく、常に「集団」として存在しているから
「人間」という言葉の使われ方から、日本人が集団主義を重視し、個人主義を受け入れにくい傾向があることが裏付けられているとも言えます。
なお、日本で「人間」がホモサピエンスを指すように変化したのは、江戸時代以降だそうです。
夏目漱石の作品の中には、「人間」に「じんかん」とルビが振られている例があります。
たとえば、故事成語「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)」のような文脈では、「人間=じんかん」と読ませて「世の中」や「世間」という意味を明確にしています。
漱石は漢籍にも通じていたので、そうした古典的な語感を意識して使っていたのでしょう。
日本人が好きな行動規範「人間性」とは具体的にどういう意味なのか?
日本人が好きな行動規範「人間性」の具体的な意味は、これまでの考察から次のように定義できます。
・「集団」を維持するために必要となる性格
従って、「人間性が高い人」とは、
・「場の空気」を感じ取り、それに素直に従う人
であり、言い方を変えれば
ex.協調的で共感力がある人
になります。
反対に、「人間性に問題がある人」とは、
・「場の空気」に流されない人
であり、言い方を変えれば
ex.自己中心的で和を乱す人
ということになります。
実質的に無宗教である多くの日本人は、「神」ではなく「場の空気」を信じ、それに支配されているのです。
「神」は不変ですが、「場の空気」は風向き次第で一瞬にして変わることがあります。
つまり、 ”人間の危うさ” の影響をまともに受けることになるのです。
1945年(昭和20年)8月15日正午に行われた玉音放送※1 で一気に風向きが変わり、「一億玉砕」「天皇万歳」から「一億総懺悔」「マッカーサー万歳」に180度転換しました。
※1 昭和天皇がラジオを通じて「大東亜戦争終結ノ詔書」を朗読し、日本の降伏と太平洋戦争の終結を国民に伝えた歴史的な放送
まとめ
✔そもそも日本人がホモサピエンスを「人」ではなく「人間」と呼ぶのはなぜか?
・日本人は、「個」としてではなく、常に「集団」として存在しているから
✔日本人が好きな行動規範「人間性」とは具体的にどういう意味なのか?
・「集団」を維持するために必要となる性格
・従って、「人間性が高い人」とは、「場の空気」を感じ取り、それに素直に従う人
日本人が好きな行動規範「人間性」は、「場の空気」によって良い結果を生むこともあれば、悪い結果を招くこともあります。
例えば、無謀な戦争による破滅をまねいたかと思えば、逆に「東洋の奇跡」と呼ばれた高度経済成長を達成させたりしたのは典型的な実例です。
このように、「神」ではなく「場の空気」に支配される日本人が、世界でも際立って世俗的なのは仕方ないことなのです。
参考:世界価値観調査から分かる日本人の本性とは?世界でも際立って世俗的?