IMD(国際経営開発研究所)が2024年6月18日に発表した世界競争力ランキング(世界競争力年鑑)では、日本の総合順位は2023年の35位からさらに3つ下げて38位と過去最低※1 となっています。
※1 日本以外の東アジアの国・地域では、香港5位、台湾8位、中国14位、韓国20位です。ちなみにIMDがランキングを公表し始めた1989年から1992年までの4年間、日本は1位でした。
次に世界時価総額ランキングです。
バブル経済の絶頂期であった1989年の同ランキングでは、TOP50のうち6割以上(32社)を日本企業が占めていましたが、2024年ではトヨタ1社です。
また、2025年現在の名目GDPランキングも、中国、ドイツ、さらにはインドに抜かれて、日本は世界5位※2 です。
※2 日本は1968年にドイツを抜いて世界第2位の経済大国となり、2010年に中国が日本を追い越すまで、42年間その地位を維持していました。今後は、日本を上回る経済成長を続ける英国(現在6位)やフランス(現在7位)にも順位を抜かれる可能性があります。
以上のように、1980年代後半以降の日本の凋落ぶりは、目に余るものがあります。
この原因の一つとして、日本型経営では競争力のあるイノベーションが生まれにくい点が挙げられます。
日本政府がスタートアップ支援※3 に力を入れているのは、日本型経営から脱却し、新たなイノベーションを生み出す環境を整えることが急務だからです。
※3 日本政府は、2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」を発表しました。この計画では、資金供給の強化やオープンイノベーション(外部のスタートアップと連携してイノベーションを生み出す手法)の推進を柱にしており、ユニコーン企業(企業評価額が10億ドル以上で、設立10年以内かつ未上場のスタートアップ企業)を100社以上創出するという目標が掲げられています。
この記事では、そもそもなぜ日本型経営では競争力のあるイノベーションが生まれないのか考察します。
<自己紹介>
筆者本人(1960年生)
出世競争は早めに降りて体づくりに励む
筋トレ歴17年 ボクシング歴11年
<筆者略歴>
1984年 東京大学工学部建築学科卒業後、ゼネコンに入社
1988年 インフラ企業に転職
2018年 子会社の不動産会社に転籍
2923年 退職
目次
日本型経営では競争力あるイノベーションが生まれない5つの理由とは?
日本型経営とは、メンバーシップ型雇用(新卒一括採用、終身雇用、年功序列)と企業別労働組合(欧米では産業別労働組合が主流)を特徴とする日本固有の経営システムで、1955年頃に始まった高度経済成長期に確立されました。
この経営システムは、欧米に比べると、労働組合を含めて内向きで閉鎖的な労働環境に陥りやすい傾向があります。
日本型経営では競争力あるイノベーションが生まれない5つの理由として、以上のような特徴から生じる以下の5つの要因が挙げられます。
①企業の共同体化
②すごろく上がりのサラリーマン社長
③成功体験への固執を生む権力構造
④成果よりプロセス重視の体質
⑤組織にはびこる減点主義
以下、5つの要因を解説します。
①企業の共同体化
日本型経営の特徴であるメンバーシップ型雇用(新卒一括採用、終身雇用、年功序列)では、転職や中途採用は一般的でないため、社員の流動性が著しく低い状態です。
その結果、社員は固定化・同質化・一体化して、組織はまるで運命共同体のような状態となっています。
転職や中途採用が一般的であるジョブ型雇用の欧米型経営とは対照的です(下表参照)。
共同体の主な特徴を、対照的な組織形態である機能体と比較した表が以下です。
この表は筆者の記事によく登場するため説明は省きますが、「企業は本来、機能体であるべき」という点だけは強調しておきます。
参考:堺屋太一著『組織の盛衰』
上記の比較表を見ると、イノベーションは共同体とは相性が悪く、機能体とは相性が良いことが分かります。
なぜなら、イノベーションを創造する能力は組織よりも個人の能力なのに、「結束力と仲間意識」※4 や「公平性と安住性」を重んじる共同体では、個人の創造力を活かすこと自体が、そもそもルール違反になってしまうからです。
※4 「結束力と仲間意識」も、欧米に追い付け追い越せのキャッチアップ経済とは相性が良く、日本の高度経済成長を支えました。しかし、高度経済成長期を頂点とする工業社会(1970年代以前)が去ったポスト工業社会(GAFAに象徴される創造力の時代)では、全く通用しません。
そして、なによりイノベーションへの挑戦は、共同体でこれまで通り気楽に過ごしたいメンバーにとって”居心地”が悪くなる余計な取り組みなのです。
共同体と化した日本型経営企業では、何もしない方が得なのです(参考:太田肇著『何もしない方が得な日本』)
富士フィルムの事業構造改革はなぜ成功したのか?
古森重隆氏の経営手腕もさることながら、デジタルカメラの普及でフィルムが売れなくなるのは火を見るより明らかだったからです。
共同体の存続危機がこれほど明白であれば、共同体メンバー全員が事業構造改革に賛同しないはずがありません。
「結束力と仲間意識」が良い方向に機能した、ポスト工業社会では珍しいケースです。
②すごろく上がりのサラリーマン社長
日本型経営企業の経営者、特に社長は、共同体内での評判や権力闘争を通じて地位を築き上げた、いわばすごろく上がりのサラリーマン社長です。
一橋ビジネススクール(HUB)の楠木建 特任教授は、著書『ストーリーとしての競争戦略』で「経営戦略において、短期的な利益よりも長期的な利益を重視するべきだ」と主張していますが、すごろく上がりのサラリーマン社長ではとても無理です。
やっと”上がり”に辿り着いた彼らは、できるだけ権力を長く保つために、リスクを取ることなく現状維持に固執します。
長期的には大きな利益を生むかもしれないが、短期的には損失につながる可能性もあるイノベーションなんか実行するはずがありません。
これができるのは、起業家出身の社長や、さまざまな企業に招へいされる経営のスペシャリストです。
ところで、日本企業の経営者の能力の低さは「言ってはいけない真実」なのか、誰も口に出しませんが、ほぼ毎年順位を下げている世界競争力ランキングの調査データ(国際経営開発研究所)を見れば一目瞭然です。
以下、三菱総研の記事から引用します。
ビジネス効率性分野の「経営プラクティス」などの小分類項目の順位は低位で固定化しており、改善傾向がみられない。
特に企業の意思決定の迅速さや機会と脅威への対応力、起業家精神などからなる「経営プラクティス」は64カ国・地域中62位であり、日本の最大の課題である。
2024年版の同調査では、「経営プラクティス」の順位はさらに下がって65位※5 となり、改善の兆しは全く見られません。
※5 2020年、2022年版では63カ国、2021年、2023年版では64カ国、2024年版では67カ国中の順位。従って、「経営プラクティス」の順位は、毎年ほぼ最下位です。
③成功体験への固執を生む権力構造
日本型経営の代表的な成功体験は、以下の2つです。
①高度経済成長を支えた、スケールメリットの追求(規格化と少品種大量生産)
②2度のオイルショックを乗り切った、省力化・合理化の追求
この2つに代表される成功体験に固執している限り、イノベーションは生まれません。
しかし、日本型経営においては、成功体験への固執から抜け出すことが難しいのが現実です。
なぜなら、日本型経営の組織では、成功体験への固執を生む権力構造が以下のように構築されるからです。
①成功すると、その功労者たちが組織の主流派となり権力を持つ
②そのため、あらゆる経営判断が成功体験分野の視点で行われる
③人事、経理、総務などバックオフィス部門も主流派の好感を得るために成功体験分野を有利に扱う
④さらに成功体験分野で失敗があっても、「今回は特殊事情による失敗」「プロセスは正しかった」と主流派が主張して「正論」を弾圧
⑤こうなると、将来の主流派を目指して、成功体験分野に有能な若手が集まる
以上の結果、創造性や改革精神がますます失われ、イノベーションが生まれないばかりか、逆に成功体験への固執がさらに強まることになります。
トヨタのハイブリッド車は世界をリードしていますが、トヨタがハイブリッドというイノベーションを生んだわけではありません
最初にハイブリッド車のコンセプトを作ったのは、1899年にフェルディナンド・ポルシェ博士が設計した「ローナーポルシェ ミクステ」と呼ばれる車だと言われています。
トヨタのプリウスなどハイブリット車における成功は、ポルシェ博士のイノベーションと前に触れた日本型経営の代表的な2つの成功体験(スケールメリットの追求と省力化・合理化の追求)をうまく組み合わせることによって達成されました。
④成果よりプロセス重視の体質
日本型経営企業は、自力でのイノベーションは諦めて、オープンイノベーション(外部のスタートアップと連携)に積極的ですが、成果よりプロセス重視の体質を改めない限り成功は困難でしょう。
プロセス重視とは、「正しいプロセスを踏めば自然と良い結果が得られる」という考え方で、具体的な成果を明確にせず、プロセスに重点を置くものです。
この考え方でオープンイノベーションに取組んでも、オープンイノベーション自体が目的化してしまうため、成果は期待できません。
こんなことでは、起業家に足元を見られて、たいしたことのないスタートアップを高値で買わされる、なんてこともあり得ます。
ところで、なぜ日本型経営では成果よりプロセス重視なんでしょうか?
筆者の考えるところでは、これは企業の共同体化に起因します。
本当に成果主義を導入すると、内部競争の緊張感でのんびりできなくなり、居心地が悪くなります。
これが、日本型経営企業において真の業績評価が行われず、行動評価※6 が続いている要因でもあります。
※6 行動評価とは、社員の行動や仕事への取り組み姿勢を評価基準とする人事評価の手法です。成果や能力が無くても、忖度や「がんばり」をアピールするだけで評価が上がる、世界的にみたらあり得ない日本型経営固有の評価手法です。これは、上司の好き嫌いで評価が決まる情意評価と同じです。
本郷バレーの実情
本郷バレーの国内外の若者は、「世界中から天才が集まるシリコンバレーで何兆円という大金と世界的な名声を狙うより、競争がゆるい日本で億万長者を狙った方が確率は高い」と考えています。
以下、橘玲著『不条理な会社人生から自由になる方法 働き方2.0vs4.0』から引用します。
日本で起業して成功した中国の若者のインタビューを読んだら、「シリコンバレーなら自分は絶対つぶされていた。日本を選んだからこそ成功できた」と答えていました。
成果よりプロセス重視の日本型経営企業は、彼らのカモかもしれません。
⑤組織にはびこる減点主義
日本型経営では競争力あるイノベーションが生まれない理由の一つが、組織にはびこる減点主義であることに異論を唱える人はほとんどいないでしょう。
それでは、なぜ日本型経営企業に減点主義がはびこっているのでしょうか?
そして、そもそも減点主義が人事評価制度として正式に明文化されていないにも関わらず、なぜ社員は失敗を懼れるのでしょうか?
実は、これも日本型経営企業が閉鎖的な共同体、すなわちムラ社会であることに起因します。
閉鎖的なムラ社会では、一度失敗すると「村八分」になり、原則生涯にわたって許されません。
共同体化した日本型経営企業でもこれと同じで、一度悪い評判が立つと、定年まで原則挽回は不可能です。
特に、それほど経済成長が期待できない今の時代では、ポスト数や人件費負担可能額に限りがあるため、組織はゼロサム社会(誰かが得すれば、その分誰かが損する社会)の傾向が強まり、一度の失敗が致命的になります。
そして、減点主義がはびこる日本型経営企業では、次のような”小ずるい利口者”が主流派になって出世していきます。
・イノベーション推進会議(仮称)では、まず批判派に回る
・それも明確な反対ではなく、問題点を並べて慎重な検討を求める曖昧な反対
・これは、仮に計画が成功した場合、自分もその功績の分け前にあずかるため
減点主義がはびこる日本型経営企業の会議の席では、積極的推進派よりも問題点を並べる消極的批判派の方が頭脳明晰に見えてしまいます。
なぜなら、推進派の見通しは楽観的な予測に過ぎないと感じる一方で、批判派が挙げる問題点は失敗事例を引き合いに出すなど具体的で説得力があると感じるからです。
筆者は、典型的な日本型経営のインフラ企業で約40年働き、主に新規事業(非主流派の分野)を担当してきましたが、この種の”小ずるい利口者(主流派)”には本当に手を焼きました。
参考:日本型経営を続ける企業では減点主義が絶対なくならない本当の理由
まとめ
日本型経営では競争力あるイノベーションが生まれない5つの理由とは?
①企業の共同体化
②すごろく上がりのサラリーマン社長
③成功体験への固執を生む権力構造
④成果よりプロセス重視の体質
⑤組織にはびこる減点主義
東洋の奇跡と呼ばれた日本の高度経済成長を支えた日本型経営システムは、「スケールメリットの追求」や「省力化・合理化の追求」にあまりにも適合し過ぎました。
そのため、この経営システムはイノベーションを生むどころか、むしろ潰しやすい構造的欠陥を持っています。
日本型経営を抜本的に変えない限り、ユニクロの柳井正氏が2024年8月26日日本テレビの報道番組で語ったように、「日本人は滅びる」かもしれません。
参考:失われた40年を招く日本の経営者はなぜこんなにダメなのか?